【会津嶺 2025年7月号】 越(コシ)と奴奈川(ヌナカワ)姫

コラム

世界複合遺産と海、山、川、人 その7

諏訪大社には、大社ホームページによると、大国主神と高志沼河比売神の二神を父母神として、子らに八重事代主神、建御名方神、八坂刀売神が祀られている。
会津人ならば、「八重」は「やい」と読んでみたいところだが、しかし、より注意して見て欲しいのは「高志沼河比売神」の方だ。越国、あるいは高志国は、その中心地が会津であるとしたのが、「蝦夷学」の先達とも言える、初代会津(福島県立)博物館館長高橋富雄だった。そして、高志・古四・越の「こし」は「星」であることを、昨年8月号のこの項で述べた。
今回は、大国主だけでなく列島内の国主なら誰もが求めてやまなかった結婚の相手こそ、この「越(星)国」の沼河比売(ぬなかわひめ・古事記)であり、それを大国主に娶らせたのは、誰あろう「俺だ!」 と諏訪の神が自慢しているように見えることに、触れてみたい 「越(こし)」が「星(ほし)」であるのならば、奴奈宜波比売命(ぬながわひめのみこと・出雲国風土記)は、星の川の姫、「天の河の姫」になるだろう。
ここで、「ぬなかわ」という語感を頼りに辺りを見渡して見ると、意外にも身近なところに「なぬかわ」がある。 会津若松市にある駅の名称だが、「七日町駅」と書いて、「なぬかまちえき」 と読む。「ぬな」が「なぬ」に反転しているけれど、日本書紀では「儺川」(または儺奴川)と書いて 「なぬかわ」 や 「なのかわ」と読ませている。 「ぬ」 は 「玉(ぎょく)」すなわち「翡翠」を、「な」は「糧(かて)」を表しているが、どちらも重要河川であることに変わりはない。
会津が「越(こし)国」でもあるのならば、この河川は越国の一等河川である阿賀川 (阿賀野川)となる。会津から諏訪まで、「奈奴川(なぬかわ・なのかわ)」から「志奈奴川(しなぬかわ・しなのかわ)」までを、地上の「天の河」見立てているようだ。 「志奈奴川」はいまの信濃川である。大胆に、古四王神社のある秋田県から越前の福井県までを、越国の夜空を流れる星の河原に見立てて、奴奈川や儺奴川としても、それはとても自然なことのように思えてくる。越国を、「星国」としなければならないその積極的な理由ともなるだろう。
新潟県糸魚川市に流れる「姫川」こそが、「奴奈川」とする人もいる。確かに翡翠の産地は糸魚川市ではあるけれど、そうすると「越国」を新潟県一県に限定せざるを得なくなる。 日本一長い河川が千曲川(信濃川の長野県内での呼び名)であり、2番目に長い河川が阿賀川(阿賀野川の会津地域内での呼び名)であることからすれば、姫川では「天の河」には長さが足りなくなる。
諏訪大社の主祭神に「高志沼「河比売神」が置かれているのも、「高志」が天の河ほどに天空に占める大きな領域であることを表そうとしているからに他ならない。つまり、大地 (大国)と天空(銀河・奴奈川)とが、諏訪神 (ミシャグジ)によって結ばれているということになるだろう。

東洋文化財研究所 松本 日世